アブホースが惑星ヌガッキワーへ降り立つ少し前、超神星ゾスでは、ソトースがバロールとウォータースに“シェデンの果実”の秘密を伝えた後、アブホースの休暇について打診をしに、アザトースが居座る“絶対の玉間”へと向かっていた。
 ソトースが備える能力は“雷”であり、移動速度に於いて彼を超えるものは、今生誰ひとりとして居ない。
 瞬間移動もわけがなく、玉間への距離はまだ在るが、能力を使えば一瞬で辿り着く事が出来る。
 しかし、攻撃時と緊急時以外でソレを使う事は滅多に無く、今のような何でもない状況に使用する事など愚の骨頂だとソトースは考えている。
 それを踏まえて、今も悠々と廊下を歩いているソトースであったが、その途中で立ち止まり、正面へと向いたまま独り出に声を挙げた。
「……ついて来いと云った憶えは無いが」
 それは、自身の背後からする気配へ向けたものだった。
「ついて来るなとも云われてはいないが?」
 ありふれたような皮肉を云いながら、通路の陰に潜んでいたバロールが顔を出す。
「詰まらん問答をするつもりはない。俺に用が在るなら先刻伝えればよかっただろう」
「ウォータースが居た手前…な。御前が云っていたヴルトゥーム達の事だ。今調べ上げて気になった事が在るんだよ」
「……何か解ったのか」
「ヴルトゥームが仲間にしている奴等……どうやら、オリオン大星雲に幽閉されていた刑囚らしいぜ」
「……! ……そうか。あのフタリか」

 バロールが突き止めたヴルトゥームの協力者。
 ソトースは心当たりがあるのか、ある二体の邪神を思い浮かべる。
「それだけじゃあない。鎧甲冑ノ一族ガルマ・カルマの生き残りも居るって話だ」
「……成程。一筋縄ではいかなそうだな」
 “シェデンの果実”の行方を追うヴルトゥーム。
 彼の“願い”が一体何なのかは知るところではないが、武闘派の実力者を数体集めてまで叶えたい願い……余程良からぬ事なのだろうと、ソトースは思う。
 とは云え、彼等がどれだけ手練だとして、もしアブホースと相対したとしても、やはりアブホースが後れを取る筈は無いだろう。
 聡明で実力があるアブホースを高く評価しているソトースであったが、バロールが次に放った言葉に、いよいよ警戒すべきだと身構える事となる。
「そして、一番気になる事が…………“超神羅イコーラー”の存在だ」
「!!!!」

 “超神羅イコーラー”――――。
 曾て、“絶対神”が気紛れで創生み出した十三体の邪神。
 その他の神格達と較べ、個々の実力は計り知れず、圧倒的な能力を用いて戦場を蹂躙してきた存在。
 ヨグ=ソトースもその一体ひとりだが、他の超神羅イコーラーも勿論曲者揃い。
 能力的に戦闘向きでない者も居るが、その存在自体が充分脅威なのである。
超神羅イコーラー一体ひとりが奴等に協力しているとなると……かなり厄介だぜ?」
「誰だ……。まさか、ザー・・アポロゲヌス・・・・・・では在るまいな」
「其処迄は解らん……コレは飽く迄、噂だからな」
「…………」
「だが、一応、アザトースサマには伝えた方がイイかもなァ…? まぁ、アノ方が気に掛ける事は無いだろうが」
「……ああ。念の為、進言しておく。この忠告、受け取っておこう」
 そう言うと、ソトースは“絶対の玉間”への道を再び歩き始めた。
 しかし、バロールは又も引き止める。
「待てよ 兄弟」
「…………」
「血が…騒がねェか…? 久々に、奴等の中の誰かと遭えるんだぜ? なァオイ……」
 バロールは呼び醒まそうとしている。
 ソトースの裡に眠る、血に塗れた戦いの記憶を。
 今は暫くもう味わえなかった、自分と全力でぶつかり合ってくれた、あの頃のソトースを。
「……下らん」
 バロールの言葉に少し思うところはあったものの、その問い掛けを一蹴し、ソトースは歩を進める。
「……淋しいなァ…ソトース……」
 そう呟いた後、バロールは独りでに笑い始める。
 ソトースは既にその場に居らず、その声が聞こえる事は無いが、バロールは只、只笑い続ける。
 曾て共に死闘を繰り広げたソトースにもう遭う事が出来ない。
 自分自身が云った、その淋しさを紛らわす為に――――。


―――――――――――――――――――――――――――― 
 

 刻は再び進み、惑星ヌガッキワー――――。

 自身の操る兵士に吹っ飛ばされた暴漢達の様子を確認する為、港へと戻ってきたアブホース。
「確か、この辺りですね……」
 周りに人は全く居ないが、先程の暴漢達は此処に間違いなく居る筈だと、気配を辿るアブホースだったが、何やら不穏な空気を感じ取った。
 ふと、地面を見てみると、其処には……。

(……血痕……?)

 やはり、不穏な空気に間違いは無かった。
 何かが起きている。
 アブホースがそう思った瞬間、微かな衝撃音が聞こえた。
 咄嗟にその場で身を隠すアブホース。
 衝撃音が聞こえた方をそっと見遣ると、其処には、血に塗れ横たわる暴漢達と、鎧武者が一体居るのが確認出来た。
 横たわる暴漢達は既に死んでいるようだった。
 生き残っている一人の男は、鎧武者に首を掴まれ、今にも殺されそうな雰囲気だ。
 アブホースは彼等の会話に耳を傾ける。
「一体、誰が、いつ、あの人間を襲えと命令した?」
「も…申し訳ございません……!」
「もういい。これだから、人間は無能だから使役つかうなと云ったんだ……ヴルトゥームめ」
 そう言うと、鎧武者はその尖った腕で暴漢の心臓を突き破った。
 そして、死んで横たわる男達を全員海へと落とした。
 その惨たらしい光景を目にしても、アブホースは冷静に状況を見直した。
 どうやら、あの中性的な人間を襲った暴漢を使役していたのは、この鎧武者。
 ――いや、彼自身の言葉から推測するに、正確に云えば、この鎧武者と協力関係にあるヴルトゥームという存在が使役していたのだろう。
 一体? 何の為に……?

「フン……あの人間が、“シェデンの果実”の秘密を抱えているとは思えんがな……」
「成程、合点が往きました」
「!!」
 アブホースは、鎧武者の前に、その隠れていた姿を現した。
 彼等の狙いが、自分が回収を命じられている“シェデンの果実”だと言うのなら、この鎧武者を討ち倒して、果実の場所を訊き出す方が早いと判断したのだ。
「貴方が彼等の云っていた、ガンダッハ……ですね? そして、外見から察するに……鎧甲冑ノ一族ガルマ・カルマの方だとお見受け致します」
「貴様……。アブホースか」
「私の名が知れ渡っているとは光栄ですね」
「フン……聖創邪極神将アカシック・ディエティの存在を知らん方が可笑しかろう」 
 鎧武者…ガンダッハは、アブホースの登場に当然驚くが、すぐさま平常心を取り戻し、会話を難なく続ける。
「貴方には訊きたい事が山程在ります。貴方の協力者の事。貴方達が狙う果実の事。貴方達が襲った人間の事。力尽くでも」
「……私も、オマエが何故此処に居るのか気になるが……そんな事は最早どうでもいい。同じ星、同じ場所に……鍵が二つ・・・・も揃うとはな」
「……? どういう意味です……?」

 ドゴォ

「…!?」
 アブホースが問い掛けた瞬間、ガンダッハが詰め寄り、壁際まで一気に抑え叩きつけられた。

(早い……!)

「貴様が居れば、あの人間に用は無い。おとなしく私に倒されろ」
 ガンダッハの言う事が今のところ何一つ理解が出来なかったが、アブホースもアブホースとて、おとなしく倒されるつもりは毛頭無い。
「……良いでしょう。何故だかは解りませんが、貴方は私を生け捕りにする算段つもりでしょうが、私にはそのような縛りは無い。私は……貴方を魄殺ころしますよ」
「……!!」
 アブホースから放たれる殺気にたじろぐガンダッハだが、上等だ、と更に壁に押し込む。
 この次の手で勝敗は決まるだろうというその時、あらぬ方向から意外な攻撃がガンダッハ目掛けて放たれる。
「な……?!」
「……!?」
 その攻撃を受けたガンダッハはその場に崩れ落ちる。
 ガンダッハの手から離れたアブホースはすぐさま距離を置き、ガンダッハを見遣る。
 よく見ると、ガンダッハの腹辺り、側面を横切って孔が開いている。
 突如起きた事態に困惑するアブホースだったが、何より驚いた事は、その攻撃力。
 ガンダッハは鎧甲冑ノ一族ガルマ・カルマであり、纏う鎧は並大抵の攻撃では傷一つ付かない程硬い。
 その鎧を貫く程の攻撃、自身に当たっていたのなら只では済まなかっただろうと、アブホースは少しばかり戦慄する。
「馬鹿な……!! 一体、何が……!!」
「あれは……」
 アブホースは、その攻撃の正体を瞬間見ていた。

(高圧水流……!)

 何処からか放たれた高圧水流に襲われたガンダッハは、すぐさまに立ち上がり、その行方を探す。
「何処だ!! 出て来い!!」
 当然、返事は無い。
「チィッ…! ならば、この一帯を…!!」
 力を溜め、この辺り一帯を滅茶苦茶にしようとガンダッハは構える。
「……! 待ちなさい!!」
 アブホースの声も届かず、ガンダッハが、攻撃を放とうとした瞬間、何者かがガンダッハの肩を掴んだ。

「やめなさい、ガンダッハ」
「「!!」」
 アブホースとガンダッハは、突如現れた声に困惑する。
 その声の主を見て、少し落ち着きを取り戻したガンダッハは手を止める。
「いい子ね……おイタはダメよ?」
「……何の積もりだ。フルール……!」
 フルール。
 曾て、ヴルトゥームと行動を共にしていた妖艶な美女。
 ガンダッハはヴルトゥームの協力者であり、となると、このフルールとガンダッハも又仲間同士である事が窺える。
「何のつもりはコッチの科白よ……。何が在ったかは見ていたけど、もし今のでアブホースを巻き込んで殺してしまったら、後々面倒臭い事になるわ。邪耀神軍ディエティを敵に回す事になるし、貴重なを一つ失う事にもなるのよ」
「……チッ」
 突如乱入したフルールに諭され、戦意を削がれたガンダッハ。
 しかし、そのフルールの言葉に一層闘志を燃やすアブホース。
「残念ですが、あの程度の攻撃で、私を殺せるとでもお思いですか…?」
「何ィ…!?」
「あら、これは御免なさい? 気を悪くしないで……カワイコちゃん♪」
 フルールの飄々として掴み所の無い口調に、遂にはアブホースまでも戦意を失う。
 そして、何より、この女と関わるのは出来る事なら止めておきたい――――。
 フルールから発せられる気味の悪さに、アブホースは警戒心を覚える。
「とにかく、アブホースの方は・・・・・・・・最終手段。一旦退くわよ、ガンダッハ」
「……仕方が在るまい」
「逃がすとでも……」
 この得体の知れない女に極力触れたくはないが、アブホースとしては、流石に此処まできておいそれと逃がす訳にはいくまいと、フルールらに一撃喰らわせようと動く。
 しかし、時既に遅く、フルールは次元の孔を空に創り出し、その身を孔の中へと乗り出した。
「又遭いましょうね……アブホースちゃん?」
 フルールはそう言い残し、ガンダッハを連れ、次元の孔の向こう側へと消えていった。
 
 訳の解らないまま敵と闘い、訳の解らないまま敵に逃げられたアブホースだったが、ガンダッハが不意に言っていた事、そして、フルールが吐き捨てていった“又遭おう”という言葉からして、彼女の言う通り、彼女らとは近々又も遭う事になるだろうという確信を持つ。
 ガンダッハが口にした“シェデンの果実”というワード。
 それは、アブホースが今、正に探している最中の代物の事だった。
 偶然にしては出来過ぎている。
 ――――思えば、あのフタリが言っていた事には気になる節が在った。

『同じ星、同じ場所に……鍵が二つ・・・・も揃うとはな』
アブホースの方は・・・・・・・・最終手段』

 とは何の事か。
 最終手段・・・・とはどういう意味か。
 口ぶりから察するに、アブホースが“シェデンの果実”に関する秘密の鍵を握っているという事なのか。
 勿論、アブホース自身がその答えを知る由は無い。
 だが、アブホースは冷静に事を見返し、ある仮説を導き出した。

 ――――アザトース様あの御方は、初めからこの事を知っていて、私に命を下したのでは――?

 アブホースに“シェデンの果実”の回収を命じた絶対神アザトース
 やはり、偶然だとしても、不可解な事が多かった。
 すべて、絶対神アザトースの手の上で起きている事なのか。
 アブホースのきめ細かな皮膚に鳥肌が立つ。

 それにしても、もう一つ気になる事は在った。
 ガンダッハは、鍵が二つ在ると言った。
 一つの鍵がアブホースだとするのなら、もう一方の鍵とは何なのか。
 その事を考えている内、アブホースは自身に近付く気配を感じ取る。
「やぁ。大丈夫だった?」
「……! 貴方は……先程の」
 アブホースがガンダッハと交戦するキッカケとなった一人の人間。
 その人間が一部始終を見て、アブホースに声を掛けてきた。
「君、強いんだね! 見てたよ。街でウチを助けてくれたのも君でしょ?」
 街で自分を襲った暴漢達を打ちのめした兵士は、アブホースが操っていたものだとこの人間は勘付いていたのだ。
「……先程の水流は貴方が…?」
「うん! これを使ったんだ!」
「……?」
 人間が手にしていたのは……パチンコ。
「これがウチの愛用武器だよ! 弾は自分で作るんだけどね」
 そういうと、自分の指の先に、丸く圧縮された水の塊を作り出した。
「成程……確かに、先程のは助かりましたよ。有難う御座います。」
「うへへ……。こちらこそ、あの時助けてくれてありがとう!」
 その綺麗な顔立ちから放たれる屈託のない笑顔に、アブホースは無意識に惹かれる。
「ウチの名前はアズル!」
「アブホースと申します」
「アブホース! 宜しくね!」
 アブホースはこの時点で察していた。
 恐らく、もう一つの鍵というのは、このアズルという人間の事だろうと。
 ガンダッハが使役していた暴漢達がアズルを狙っていたというのも合点が往く。
「……貴方から、少し訊きたい事が在るのですが」
「何だい?」
「先程の連中の事、解ればで良いので」
「アイツらの事か……いいよ。でも、此処で立ち話するのもなんだし……そうだ! 良かったら、ウチが今夜泊まる所に一緒に来ない?」
「え……?」
 アブホースは困惑する。
 距離の詰め方がおかし過ぎる。
 いくら助けてもらったとはいえ、今日遭ったばかりの他者を一宿に誘うのか。
 アズルは悪い者ではない事は確かなのだが……。
「ウチ、あの温泉の“ロイヤルスペシャルエキシビシャル特選極閃温泉”コースを予約しているんだ! 一緒にどう?」
 アズルは、件の霊木の方を指差した。
 この言葉を聞き、アブホースのこれまでの考えは一瞬で取り払われた。
 もはや断る理由は無い。
 だが、一つ問題が在るとすれば……。
「しかし、私は……女性ではありませんよ」
 アブホースはその美しい顔立ちからして誤解されがちだが、女性ではない。
 というより、どちらでもない・・・・・・・
 そう。
 アブホースには性別という概念がないのだ。
 とはいえ、どちらの性別に関しても必要なモノ・・はカラダに備えてはいるのだが……。
 普通ならば、それをアズルは拒否する筈だろう。
 しかし、アズルもアズルとて、普通ではなかった。
「ふふっ♪ 解るよ! アブホースも、ウチと同類・・でしょ?」
「……!?」
 言葉の通り、アズルもアブホースと同類だった。
 中性的な顔立ち、とはよく言ったものである。
 正に、“中性”其の物なのだ。
「とにかく、行こうよ! アブホース!」
「え、えぇ……」
 アズルは強引に、アブホースの手を引く。
 海の向こうに見える夕焼けをバックに、フタリは温泉を目当てに歩き出す。

 ――――アブホースとアズル。
 この似ても似つかぬフタリには確かに共通点が在った。
 それこそが……このフタリがと呼ばれる所以。

 この奇妙な出逢いこそが、壮絶な戦いが始まる合図だとは、アブホースは未だ知らない。

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プロフィール

原作者の惨藤歪彌と申します。
オリジナル作品『カイザース』関連の小説・SS等を展開中です。
Twitter ID【desert_sathla49】にて、オリジナルキャラクター“鎖爆 勇雅(闇黒邪刃帝 デザート)”が活動中!
質問等は、上記アカウントや本サイトコメントフォームより受け付けております!
何卒宜しく御願い致します!