超神星ゾスから約半日掛かる距離、周りに浮かぶ無彩色な衛星と比べ、一際美しく輝くエメラルド色の惑星が在る。
それこそが惑星ヌガッキワー。
アブホースは、惑星ヌガッキワーの名所である温泉歓楽街に接する貿易港付近に降り立った。
「此処がヌガッキワー……。そしてアレが……」
アブホースが目をやる方、歓楽街の向こう側には、数百メートル程の大きさを誇る霊木がそびえ立っている。
惑星ヌガッキワーは自然が発達している星で、元々はその巨大な霊木を星のシンボルとして住民から崇められていた。
その霊木を改造して温泉旅館を造り上げた訳である。
港を抜け、歓楽街へと着いたアブホースは、件の名物温泉が在るシンボルの霊木の方へと向かった。
名所と取り上げるだけあって、道中は賑やかで様々な出店が連なっている。
色々と街も散策したいところだが、今話題の観光地だという理由もあり、温泉を利用する客も勿論多く、旅館の利用予約に関しても必然として競争率が高い。
そうなると、まず最初に予約の受付を済ます事が優先だろうとアブホースは考える。
アブホースが狙うは、霊木の頂上に造られた広大な露天風呂を貸切で利用出来る“ロイヤルスペシャルエキシビシャル特選極閃温泉”コースである。
その口にするのも恥ずかしい名前のコースを利用するには、当然、大金が必要である。
アブホースは真面目な性格上、常に貯金を積み上げ続けているので、温泉利用の為に必要な大金など、アブホースにとっては痛くも痒くも無い出費だ。
金に糸目をつけない様な極楽を心底求める者のみが利用する為、滅多にそのコースが選ばれる事は無いが、それでもやはり油断は出来ない。
足早に街を抜け、尚周りに人集りがある巨大な霊木の前へ辿り着いたアブホースは、樹の根元に備え付けられた扉を開けた。
「ようこそ、おいでくださいました」
入口の横に一人佇む着物の女性は、アブホースへお迎えの言葉を向けた。
女性へ会釈し、アブホースは広く開けた内部を見渡す。
霊木の中は刳り貫かれ、温泉旅館のロビーとして機能していた。
煌びやかな装飾、その中にも、旅館特有の凛として厳かな雰囲気が漂っている。
暫し見蕩れるアブホースだったが、目的を忘れるなかれと、すぐにロビーの受付へと足を進めた。
「ようこそ、おいでくださいました」
受付嬢は先程の入口に居た女性と同じ文言でアブホースを迎える。
「済みません。……“ロイヤルスペシャルエキシビシャル特選極閃温泉”コースを利用したいのですが……」
「“特選コース”ですね?」
少し言うのも躊躇う程恥ずかしいコース名を読み上げてしまったアブホースは、そんな略称で通じるのかと、何とも言えない悔しさを覚えた。
「……申し訳ございません。特選コースは本日既にご予約がなされておりますね」
「そう……ですか……」
顔には出さぬが、受付嬢の答えにアブホースは肩を落とす。
残念ではあるが、此処まで来たからには仕方が無しと、他の高級コースを利用して帰る事にした。
「そのコースでしたら空いておりますので、ご案内出来ます!」
「では、それでお願い致します。」
「……失礼ですが、保護者の方は……?」
受付嬢は、アブホースの事を子供だと思っている。
背も低く童顔で、若々しい肌を身に付けるアブホースを目にして、その対応は必然とも言える。
「申し訳ございませんが、保護者無しでの利用は……」
「…………貴方は……私を子供だとお思いですか…………?」
「ヒィッ!?」
アブホースが怒るのも無理はない。
その容姿に似付かわしくない威圧感を放つアブホースに、受付嬢は恐怖する。
「し、失礼致しました! 予約の方は進めさせて頂きますので!!」
「……お願い致します」
受付を済ませたアブホースは、夜になるまでの時間を潰す為、歓楽街の出店を巡る事にした。
「少し小腹が空きましたね……。喉も渇きましたし、どれか買って休みましょう」
そう言って、アブホースは散策を始める。
どの店も賑やかで客に取り囲まれていて、商品を一つを買うにしても一苦労だ。
一頻り歩いて回ったが、目当てのものは見付からない。
「オレンジジュース……何処ですか……」
周りの店のメニューは殆ど酒。
酒は好まず、オレンジジュースを愛飲するアブホースにとってこの状況は苦しかった。
そこで、アブホースはある奇妙な店を見付けた。
「……“なンでも屋”……?」
古ぼけた雑貨屋の様だが、その店周りには客が誰も居ない。
まぁ、この雰囲気なら、誰も寄り付かないだろう――――。
そう思い通り過ぎようとしたアブホースに、突然店主が語り掛けてきた。
「ヘイ。いらっしゃい。ドーゾ」
明らかに人間ではない容貌。
細長い顔の中央辺りに上下左右位置がズレた眼、頭には触覚がピヨンと生えている。
宇宙人を見慣れているアブホースも、その奇妙な容貌をした店主に少したじろぐ。
「よう、お嬢ちゃん……ってか、お坊ちゃんか…? 何か探し物かい?」
「私は子供でも無いし、男性でも女性でもありませんよ」
「性別不明かい。悪い悪い。それを引いても美人だねェ……。よし、何かサービスしよう」
「結構ですよ。飲食も取り扱っていないでしょう」
「馬鹿を云うなよ……こちとら“なンでも屋”だぜ? 必要なモンを云ってみな」
「……オレンジジュース」
「オレンジジュースゥ……? ……あるよ!」
「!?」
何処ぞのマスターが言いそうなフレーズをかまし、店主は店の奥に向けて注文を出した。
「テンちゃん! オレンジジュース一丁!」
「ハイや!」
奥から少女の声が聞こえる。
「一体……貴方は?」
「オレは“宇宙
店主のケムールは名乗ると、名刺を取り出し、アブホースに差し出した。
「宇宙中を回って商売してんのよ。アルバイトのこの娘と一緒にな」
ケムールがそう言うと、奥からオレンジジュースを持った人間の少女が来た。
「こんにちは! ご注文でェ~~す」
「本当に……オレンジジュースですね」
「云っただろう? “なンでも屋”って」
「恐れ入りました……。しかし、怪しいモノは入っていませんよね……?」
「媚薬…とかッスかァ?」
「捨てます」
「ちょちょちょちょ!! ウソウソ!!」
いきなり冗談をかましてきた少女は、アブホースの冷徹な対応にかなり慌てる。
ケムールは、フタリの遣り取りを横で笑っている。
「アタシは、
「私はアブホースと申します」
アブホースは、先程遭ったばかりの二人に特に警戒心は覚えず、今回の休暇の
「あの温泉かい。オレも入ってみたいもんだがね」
「最上級のコース、入れなくて残念ッスね……」
「まぁ、贅沢は云えませんよ」
むねぇ~にっ つけぇ~てるっ マァァ~~クはりゅ~うせぇ~~い♪
突如として鳴り響いた音楽。
「あ、電話だ。テンちゃん、店番宜しく」
そんな曲を着信音に設定するなよ――――。
テンツユとアブホース、思う事は合致したが、お互いに口には出さなかった。
「おう、旦那。お世話になってます。 …………あぁ、また仕入れておきましたぜ?」
どうやらお得意先からの電話の様だ。
何気に繁盛している様で、アブホースは“なンでも屋”への評価を少し改めた。
ドッガシャアアアアーーーーン
「キャーーーー!!!!」
響く衝突音と婦女の悲鳴、どよめき。
何事かと、その方向を見遣るアブホース。
其処には、男性か女性かも解らない容姿をした人間と、それを取り囲む複数の暴漢が佇んでいた。
「喧嘩ッスかね…?!」
「いや、あれは……」
それは喧嘩というよりは、暴漢達の方が一方的に絡んでいる様にしか見えなかった。
「なんなんだ、アンタ達は!! 突然、襲ってきて!!」
中性的な容姿を持つ人間は、暴漢達に恐れはせず、啖呵を切り始めた。
「特徴に間違いはなさそうだな……」
「あぁ、コイツがヴルトゥーム様の云っていた……」
(ヴルトゥーム……?)
アブホースは、暴漢達が口にした聞き憶えのあるその名前に反応こそしたが、それどころではなさそうな事態だと気付く。
「オイ、俺達と一緒に来い!」
「離せよ!!」
件の人間は抵抗するも、無理矢理に連れて行かれそうになる。
アブホースが出ていけば一瞬で解決出来る問題ではあるが、変に事を大きくしてしまえば後々面倒になるとアブホースは考える。
どうすれば――――。
葛藤するアブホースであったが、“なンでも屋”店内を見渡し直すと、あるモノが目に入った。
コレだ――――!
「!? アブホースさん?!」
「コレをお借りしますよ」
「そ、そんなんどうするんスか~~?!」
「抵抗すんじゃあねぇよ!!」
「おとなしくしろ!!」
「下手に出ていれば…! よし…!」
暴漢達に引っ張られる人間は何かを取り出そうとするが、その前に暴漢の一人が何者かにブッ飛ばされた。
「!?」
「な、何だァ~~?! コイツは!!??」
急な事態に驚く中性的な人間と暴漢達。
其処に割って入ったのは、何と甲冑を着た兵士だった。
「な…!? が、ガンダッハ様のお仲間……?!」
「バカ! よく見ろ! 只の兵士だ!!」
武器を取り、兵士へ襲い掛かる暴漢達だったが、健闘虚しく次々に殴り倒されていった。
「な、何だよオマエ……?!」
「…………」
兵士はずっと無言のままだ。
「す、すかしやがって!!」
「あ、危ない!!」
後ろから不意打ち気味に斧を振りかざした生き残りの暴漢。
襲われていた人間が忠告の声を挙げるも、その斧は兵士の頭に突き刺さる。
「ざまぁみろ……!! ……!!!!??」
周りから悲鳴が挙がる中、続いたこの後の状況に、更に悲鳴が強くなる。
「ど、どういう事…?!」
襲われていた人間もその光景に驚き、暴漢達に至っては恐怖し腰を抜かしている。
斧は確かに兵士の頭に突き刺さり、頭の鎧は吹き飛ばされた。
だが、何という事だろう。
兵士には……首が無い。
鎧毎吹き飛ばされた訳ではない。
最初から、首が無い。
極め付けは……首が無い状態でそのまま動き続けている。
「ひ、ヒィ……!??!」
恐怖する暴漢達だったが、首の無い兵士の渾身の一撃で、纏めて空の彼方へブッ飛ばされた。
「た、助けてくれて……ありがとう……?」
この状況を打開してくれた兵士に困惑しながらも礼を告げる中性的な人間。
しかし、礼を聞いた兵士は崩れ、その場には兵士が着ていた甲冑だけが残った。
まるで、中に人など最初から居なかったかのように。
「……?!」
その光景を遠目で見ていたアブホースとテンツユ。
「な…なんスか……アレ…!?」
「…………」
「成程、ソレがアンタの能力かい」
いつの間にか電話を終えていたケムールは、一部始終を見て、それをアブホースの能力だと看破した。
「えぇ……私の能力は、あらゆる物質に魂を与える事です。」
アブホースの司る能力は、モノに魂を与え操る事。
つまり、今の状況で云えば、“なンでも屋”の商品であった甲冑に魂を与え、遠隔で操っていただけの事である。
その気になれば、地面に魂を与え、地形を自由に変える事も出来る。
アブホースが、
「ウチの商品が……」
壊れた甲冑を見て、テンツユは嘆く。
「済みません。弁償はしますので……」
「いや、大丈夫だ。良いものを見させてもらった。弁償なんて要らん」
「恐れ入ります」
ひとまず、この場での事態は収束したが、又、いつ暴漢達が仕返しに来るか解らない。
アブホースが操っていたもぬけの兵士が彼等を飛ばしていったのは貿易港がある方角だ。
「私は、今の男達の行方を追ってみます。色々と世話になりました」
「おう、又明日、帰る時にでも寄ってくれ」
「気を付けて下さいね~~?!」
アブホースは、ケムールとテンツユへ会釈をし、港の方へ向かって往った。
「テンちゃん、あの甲冑、一応拾っておいて。リサイクル出来そうだし」
「ハイッス!!」
テンツユへ指示を与えつつ、ケムールは先程の通話相手との会話は途中だったようで、もう一度掛け直す。
「……おう、途中で切っちまって申し訳無ェです。…………いや、本当に申し訳無ェですって……。…………えぇ、今、少し面白いモンを見ましてね……? あのですね……
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プロフィール
原作者の惨藤歪彌と申します。
オリジナル作品『カイザース』関連の小説・SS等を展開中です。
Twitter ID【desert_sathla49】にて、オリジナルキャラクター“鎖爆 勇雅(闇黒邪刃帝 デザート)”が活動中!
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何卒宜しく御願い致します!
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