「は~♥ キモチイイ~~~~♥」
「えぇ……そうですね……」

 惑星ヌガッキワーが誇る最上級の宿、最上階の部屋に備える露天風呂に浸かる、美麗な二つの影が艶やかな声を夜空に響かせる。
 この大きな宿の“ロイヤルスペシャルエキシビシャル特選極閃温泉”コースを堪能するという本来の目的を達成出来たアブホースとしては願ってもない事であったが、隣ではしゃぐこのアズルという人間のお陰でこの状況に身を置けている事に複雑な思いがあった。
 それはそれとして感謝は勿論しているのだが、アブホースには解決しておかなければならぬ問題が別に複数在る。
 その問題が残ったまま極上な一時を過ごしているという現状に、アブホースは素直に喜べずに居た。
 (――――“シェデンの果実”を狙う者達が他にも居たとは……このアズルという人間が鍵を握ると彼等は云っていましたが……いずれにしろ、暫く気を張っておかなければ――――)
「ひあっ!?」
 極上の湯に浸かりながら思考を張り巡らせていた為か、自身の背後から忍び寄る手にアブホースは気付かなかった。
 その白く美しい肌に、別の細く綺麗な指が触れる。
 アブホースは唐突な不意打ちに、普段は出した事のない嬌声を挙げる。
「アブホース~? そんなに難しそうな顔しちゃってさぁ~。折角のお風呂が台無しだよ?」
「き、急に触れないで下さい……!」
「フフッ♪ だって、アブホースの肌って凄く綺麗だから触りたくなっちゃうんだも~ん」
「油断も隙も在りませんね……」
 アブホースの抱える問題の渦中に居るアズルなのだが、険しい顔をしながら入浴するアブホースを見兼ねてか、突如としてセクハラ紛いな事をしでかした。
「後で話は聞くからさ……今はこの時を純粋に楽しもうよ!」
「! ……えぇ。そうですね。失礼致しました」
 このスキンシップはアズルなりの気遣いなのだった。
 アブホースの凝り固まった思考と緊張を解す為、そして何より、悩んでいるアブホースの事を放ってはおけないアズルの優しさの表れである。
 アブホースも、アズルの優しさを無下には出来ず、素直にこの状況を楽しむ事にした。

「それにしても、本当に良い景色だねぇ……」
「えぇ。惑星ヌガッキワーがこれ程自然豊かな星だったとは……」
「この星ってね? 昔“英雄”が開拓した星なんだって!」
「“英雄”…?」
「そう! “アレ”を見て!」
 アズルが指差す方向には、この宿と同等の巨木がそびえ立ち、その頂上には龍が渦巻いている様な巨大な像が設置されていた。
「龍の像……?」
「カッコイイよね! 温泉街は後から発展したものらしいけど、きっとこの豊かな自然が有ったからこそだよね。それを開拓したあの龍神が、この星に棲む皆から尊敬されて祀られているんだって!」
「成程……」
 龍神……龍の力を司る神格は限られているが、アブホースが思い浮かべるのは、いずれにしろ碌でもない奴等ばかり。
 同じ“聖創邪極神将アカシック・ディエティ”の一角、バロールの眷属である朏龍神クロウ・クルワッハ……。
 “超神羅イコーラー”最凶の邪神、獄龍神ワムラヴィヲン……。
 そして、自らの力の根源を持つ、全能神ザッハーク……。
 列挙した彼等は、善意の欠片も持たぬモノ達であり、尚更、星の開拓などに無縁の存在であるとアブホースは思う。
 只、唯一、もう一体ひとり、その可能性が有る存在を挙げるとするならば――――。
「……ウチもね? 龍の神様に逢った事があるんだ」
「え……?」
 アブホースが憎たらしい邪神達の顔を思い浮かべている間、アズルも又、自らのかけがえのない存在を思い出していた。
「ウチは、物心ついた辺りから親が死んじゃっていてね。幼い頃から行く宛もなく、ずっと独りだったんだ。でも、ある日、身寄りのないウチを引き取ってくれたヒト達が居たの」
「それが…貴方の云う“龍神”…?」
「そう! 偶然出逢っただけなのにね……とっても優しいヒト達だった」
 アズルは嬉々として、命の恩神おんじんであるその龍神の事、そして連れ添っていた女性の事について語り始めた。
 アブホースとしては、出逢った事のない存在の筈だが、アズルの話を聞く限りでも、その者達の慈しみと優しさが窺える。
 思い出を幸せそうに話すアズルの表情を見ても尚更だ。
「……フッ」
「えっ、どしたのアブホース??」
「いえ……貴方はその方達の事を本当に好いているのですね」
「そ、そりゃあもちろん! ウチの事を救ってくれたヒトだからね! まぁでも…それとは別に……そのフタリはウチの初恋だもん……」
「……? フタリ共・・・・……?」
「ウチの恋愛対象はどっちも・・・・なの! カッコイイ方も可愛い方も綺麗な方も大好き!!」
「(……そういうものなのでしょうか……?)」
 アブホースはそういった恋愛事にかなり疎く、自らもその感情を抱いた事が無い故か、人間が持つ“愛情”が如何なものなのか見当もついていない。
 アズル自身は性別を持たぬ為、中でも少数派な嗜好を備えている事も相俟って、アブホースは更に混乱する。
「……今、どうしてるのかな……ミヤラさん達……」
 何処かで聞いた名前だとアブホースは思うが、今その事は重要では無いと敢えて口には出さなかった。

 「と・こ・ろ・で!」
 「……!」
 思い出に耽っていたアズルだったが、突然此方を向き直し、キラキラとした眼差しで云うものだから、嫌な予感がしアブホースは身構える。
「アブホースには! そういうヒトっていないの?!」
 やはりか……と、アズルの問いにアブホースは面倒そうに答える。
「“恋”……というモノに関してでしょうか。生憎、私はそういった感情は持ち合わせていません。貴方が抱いた“愛情”というモノに関しても全く理解が出来ませんね」
「ブー! つまんないの! 可愛い顔してるくせにさー!」
「…………」
 俗的な話だと思いつつ、律儀に答えるアブホース。
 それに対し、望む答えは返って来ないと思うも、アズルは懲りず聞き続けた。
「じゃあさ……気になるヒトくらいはいるんじゃない?」
「気になる……ヒト……」
 この質問は、アブホースにとって満更ではなかった。
「い、いるの……?!」
 勿論、アブホースの事だから、恋愛的な要素は無いだろうとアズルは理解している。
 しかし、感情を持たぬと自ら云う、容易に心を開かなそうなアブホースがそういう存在が居るとほのめかしている事が驚きだ。
 アズルからしたら、掘り出さない訳にはいかない話題であった。

「……私が所属している組織に、新たに入属した男が居るのですが…何と云いますか……不思議な思想を持っている方でして……」
「ふんふん……」
 アブホースは、“気になるヒト”として、数ヶ月前に“邪耀神軍ディエティ”に入属した“黒尽くめの大剣使い”の事を思い浮かべながら話し続けた。
 その彼は、絶対神に命からがらのところを拾われ入属した直後、“邪耀神軍ディエティ”最強格のヌギル・コーラスと一対一タイマンを果たし引き分ける程の強さを魅せつけ(勿論、先に闘いを吹っ掛けたのはヌギルだが)、自らの持つ信条と正義を皆に説いた。
 戦いに於いて強く聡い面も見せれば、一方で、趣味としてアニメや漫画、ゲームの事で語ってきたり、自室や他の星で植物を育てる等の優しさまでも覗かせる彼の在り方に対し、賛同するモノは初めこそ少なかったが、月日が経って関わっていく内に惹かれていくモノも居た。
 ヌギルやウォータース、ルリム・シャイコース、ハスターにナイアーラトテップ、アトラック・ナチャ……“聖創邪極神将アカシック・ディエティ”+αの猛者の面々も、今では彼の持ち込んだ娯楽などで遊んだりする仲にまでなっていた。
 そんな現状を、淡々としながらも、心なしか嬉しそうに語っているアブホースの話を、アズルも茶化す事なく聞き入る。
「彼が来る迄は、仲間同士、任務でペアを組む事は有っても、お互いに干渉する事は滅多に在りませんでした。いえ……その頃は皆、を仲間とすらも思っていなかったのやも知れません。しかし、彼が来てからの今は、彼を中心にして笑い合えているのを見ます。表情や感情に乏しい私には、あまり解らないですが……それが、以前よりずっと、“良い事”に思えます」
「あ、アブホースがそこまで言うなんて……話を聞く限り、そのヒト……なんか“完璧”って感じだね……」

 ――――“完璧”。
 アズルが指すその彼自身がその言葉を聞いたなら、感謝こそすれ、心中は良い気分ではないだろう。
 自身よりも“完璧”と呼ばれるべき存在を、彼はよく知っているのだから。
 只、それは又、別の話だ――――。

「聞く分には完璧に思えるでしょうが、実際は彼にも弱点が山程在ります。滑り気の在る生物や食物が苦手でしたり、数字の計算が遅い、ゲーム好きの割に対戦ゲームには弱い、何かしら遅刻が多い……。目付きが悪いから私達以外には恐がられる事も気にしていましたね。それと、蝉も苦手で、この間は突如動いた事に驚いてその場で盛大にスッ転んで――――。」
「も、もう止してあげて! なんか、可哀想……」
 自分の与り知らぬ所で欠点を連々つらづらと話されるのは、とても惨めな事である。
「でも、数ヶ月前に遭ったばかりなのに、そのヒトの事をよく知っているんだね~。アブホース~~、やっぱりそのヒトの事……」
 これ以上を言ったら怒られるだろうなと思うアズルではあったが、アブホースからは意外な答えが返ってきた。
「……実際、彼が来てからは、私の日常もほんの少し色味を帯びてきた気がしています。目付役として彼と接する機会は多いですが……彼の在り方を見ていると、私も色々と教われる事が在ります。未だ私には解り切れていない感覚ですが……そうですね。私は彼に、“興味”を……そして、“尊敬”の念を抱いているのでしょう」
「……!」
 長時間、湯に浸かっている所為なのかは解らないが、アブホースの顔に少し赤味があるのをアズルは見逃さなかった。

 なんだ……アブホースだってちゃんと――――。

 あらゆる感情が解らないと自負するアブホースだが、その言葉の節々には確りと感情が込もっているのだとアズルは感じ取った。
 アブホースが話題の彼に抱いている“感情”は、アブホースの言葉通りなのか。
 はたまた、それとは違う“感情”なのか。
 勿論、アズル然り、アブホース自身もその“感情”の正体を未だ知らない――――。

「~~~~ッッ!! アブホース~~~~!! かわいい~~~~♥♥♥♥」
「……!!?? な、何ですか急に……?! 抱き着かないで下さい……!」
 そんなアブホースが愛おしく、堪らずアブホースを抱き締めるアズルであった。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 刻を同じくして、地球――――。
 アブホース達の居る惑星ヌガッキワーより大分離れた位置に在る太陽系惑星だ。
 その地球には、“穹涯町そらはてちょう”という中規模の街が存在する。
 その穹涯町のとある喫茶で、とある美女達が待ち合わせをしていた。

「いらっしゃいませ!」
「済みません、待ち合わせをしているんですが……」
「あ、お連れ様は奥のお席でお待ちです」
「ありがとう!」
 特筆した点は無い、只のありふれたオシャレな喫茶に、見るもの全てを魅了するような絶世の美女が入店した。
 華麗にスーツを着こなしているスベスベの褐色の肌を纏った女性が、サラリとした美しい長髪を靡かせながら店内の奥へと歩いていく様を、店員も客も、老若男女問わず、口をあんぐりさせながら目で追っている。
 その女性は、街界隈では有名な存在だが、改めて間近で見るとこれ程美しいのか、と周りの人達は顔を赤らめながら驚嘆する。
 因みに、この光景は、その日“二度目”である。
 つい先刻も、奥の席でその女性を待っている別の女性に対して、皆同じ反応を示していたのだ。
「お待たせ」
「お疲れ様、ヨランダ。全然待っていないよ」
 これまた艶やかな紫色の髪と美貌を備え持つ女性が、今し方来たヨランダという者を労う。
「今はテスト期間だから、比較的早く仕事が片付くから助かるわ」
「やっぱり大変なのね、先生って」
 どうやら、ヨランダは教師の立場らしい。
 ヨランダは、十数年もその仕事に就いているが、教師間、生徒間、生徒父兄問わず人望が厚く、日々頼られている存在である。
 その分、疲れはどっと溜まる時が在るが、教師冥利に尽きる事だと、この仕事に誇りを持ったまま続けている。
「ヨランダ先生、モテるでしょうね」
「主に、男子生徒ね」
「……思春期男子に、ヨランダという存在は刺激が強過ぎるよ……」
 偏見も少しばかり含んでいるだろうが、男子学生など色欲猿も同然である。
 そういった奴等に美人教師という“餌”を与えればどうなるのかは、想像に難くない。
 注文していたドリンクが届き、渇いた喉を潤わしながらヨランダ達は世間話を続けた。

「そう言えば、私も結構遭う頻度は多いけど、輝砂羅きさらは最近どうなの? また告白されたらしいじゃない」
「輝砂羅は相変わらずよ。どんなイケメンでも、断り続けているから……贅沢ね」
「貴方も妹の事、言えないんじゃない?」
「……そうかも」
 輝砂羅きさらは、この紫髪の女性の実妹。
 姉の美貌に引けを取らず、文武両道で誰に対しても明るく優しく接する性格も相俟って、在学中も、成人した今でも男性からの告白が絶えない。
 しかし、どんなに相手が裕福でも、顔立ちが良くても、数多の男性達の希望を悉く潰し続けているというのだ。
 その理由は、“ある事”が尾を引いている為だ。
「やっぱり……“あの子”の事が忘れられないのかしら」
「……そうだね……。輝砂羅が直接言った訳じゃないけど……きっと……」
 輝砂羅には、姉やヨランダ以外にも、幼い頃からずっと一緒に生きてきた存在が居た。
 彼女にとって、その存在はあまりにも大きく、尊く、欠け替えの無いものであった。
 ――――しかし、今やその存在は、此処に無い・・・・・

 ――――数年前、平和であった筈の穹涯町で、とある事件が起こった。
 突如として現れた、銀と赤と黒の模様・・・・・・・・に、胸に紫色のコア・・・・・・・の様なモノを備え持つ、宛ら悪魔の様な風貌の宇宙人による襲撃を受けたのだ。
 その襲撃に対し、建造物の倒壊こそ僅少の被害に押さえ込めたが、その街に棲む者達の心に大きな傷を残す事となる。
 ――――死者、二名。
 街の人々から多くの信頼を寄せられ、近く、嫁の出産を心待ちにしていた青年一名。
 そして、輝砂羅にとって大切な存在であった……少年一名が犠牲となった。

 この事件の直前、輝砂羅とその少年は、お互いを想う心のすれ違いによる喧嘩別れをしていた。
 後日謝って想いを伝えようとしていた存在がそのまま亡きものとなった時の彼女の心中はとても計り知れない。
 その事も在り、輝砂羅は他の男の事など気にする余地も無いのだ。
「……あの時、私がもっと早く駆け付けていれば……」
 ヨランダは、その時の事を未だ大いに悔やんでいた。
 彼女は“特殊な血筋”の為、武闘派ではないにしろ、多少腕の覚えは在る。
 実際、フタリが殺された後に駆け付け、交戦しても圧倒的な力に為す術は無かったのだが、それでも、早く駆け付けられたなら、フタリは殺されていなかったやも知れない。
 ヨランダにとっても、殺害されてしまった少年は、血の繋がりは無いとは言え、自らの息子であった存在。
 やはり、心中は察せれど、彼女の後悔の念は計り知れぬものであろう。
「……それは私も一緒だよ。ヨランダだけが悔やむ事は無いわ。」
「……御免なさい。貴方も辛い経験をしたものね」
 ヨランダの対面に座るこの女性も、件の事に加え、また別の件で大切な存在を亡くしている。
「……リュウト・・・・の事は何か解りそうなの……?」
「いえ……キュクロープス達にも聞いているけど、やっぱり何も……」
「……キュクロープスの“蘇逝剣”を使っても蘇らせられないのは何故かしら……」
「……もう、この話は止めましょ! チョコレートフラッペおかわり!」
「えぇ……フフッ、私もそれ頼もっ!」
 別に暗い話などだけしに来たのではないのだからと、フタリは気分を一新して別の話題に変え、他愛も無い会話を続ける事にした。
 この転換は、生きる上でとても大切な事である。

「――――今日は楽しかった! またヨランダの休みに合わせて遭いましょう」
「まぁ、家も近いんだし、いつでも遭えるでしょ。 今日はありがとう! またね――――魅夜羅みやら



 ――――先刻の穹涯町の事件の話には、公にされていない部分が在る。
 ――――死者は青年と少年の二名。
 ――――しかし、少年の方の遺体は見付かっていない・・・・・・・・・・・・・・・・
 ――――その少年は悪魔に胸を貫かれ、絶命した。
 ――――その光景を目撃したものは複数名居たのにも関わらず。

 ――――そして、その悪魔を撃退した存在も居た事を知る者も少ない。
 ――――その姿を目撃したヨランダ達曰く――――。
 ――――黒い大剣を携えた・・・・・・・・其の物・・・であった、と――――。

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プロフィール

原作者の惨藤歪彌と申します。
オリジナル作品『カイザース』関連の小説・SS等を展開中です。
Twitter ID【desert_sathla49】にて、オリジナルキャラクター“鎖爆 勇雅(闇黒邪刃帝 デザート)”が活動中!
質問等は、上記アカウントや本サイトコメントフォームより受け付けております!
何卒宜しく御願い致します!