刻は、現代より数年少し遡る。

 宇宙の果て、『邪耀神軍ディエティ』と呼ばれる引く手数多の神格達が根城とする惑星が存在していた。
 超神星ゾス――――。
 直径としては地球よりも大分小さい星ではあるが、その中心には、日本の首都である東京中の人間を全員集めて宴会が出来るのではないかとも思う程に巨大な城がそびえ立っている。
 城の名を、『絶対聖霞城アザグリザム・ローグノス』。
 その城内で、男にも女にも見える美麗な容姿の邪神が、艶やかな薄橙の髪を靡かせ無愛想な表情を保ちながら広く長い廊下を歩き回っていた。

「……一体、何処へ往ったのでしょうか」
 ――――“万魂神”アブホース。
 それが、この神格の名前である。
 『第弐次神界大戦セカンド・アーマゲルドラ』終戦より数年経った頃、神々の頂点に立つ“絶対神”アザトースは、生き残りの邪神達を一部集結させ、ある軍団を組織した。
 それが『邪耀神軍ディエティ』である。
 邪耀神軍ディエティは選り優りの戦闘要員で構成されているが、その中でも特に戦闘能力が高い十体(+α)の精鋭戦力を『聖創邪極神将アカシック・ディエティ』と呼ぶ。
 聖創邪極神将アカシック・ディエティの大半は、元は“聖創神阿迦奢”側……つまり、セイバースに属していた者。
 その事から、『聖創アカシック』という冠が付けられている。
 第弐次神界大戦セカンド・アーマゲルドラで目覚しい活躍を残したヨグ=ソトースも、今やその一角となっている。
 但し、中でも例外は居るのだが……。
「……少し喉が渇きましたね」
 そう言うと、城内に備えてある自販機の前に立ち止まり、最初から決めていたかのように間髪入れずにボタンを押し、好物のオレンジジュースを射出口から取り出した。
 アブホースは、聖創邪極神将アカシック・ディエティの参謀役であり、聡明で冷静な面を買われ、主であるアザトースや他の神格達からの信頼も厚い。
 しかし、まとまりの無い軍の参謀を任せられるも苦労が絶えず、整った顔立ちの裏に疲労が見えている。
 つい先刻も、アザトースの勅命を受けたばかりで、今も誰かを捜しているようだ。
「美味しい……」
 無表情を保ったまま、冷えたオレンジジュースを飲み、渇いた喉を潤わせながらアブホースは独りごちる。

「よう アブホース」
 アブホースは、背後からの声に振り返る。
 其処には、全身隈なく至る所に刀剣を携えた男が立っていた。
「ヌギル……」
 彼はヌギル・コーラス。
 彼も又、聖創邪極神将アカシック・ディエティの一角であり、ヨグ=ソトースと並び、邪耀神軍ディエティの最高戦力として数えられている強者だ。
「勇雅が何処に居るか知らねェか?」
「デザート……ですか?」
 デザート――――元の名は 鎖爆勇雅。
 つい数ヶ月前の事、“絶対神”アザトースにより、ある所で倒れていたところを拾われ、新たに聖創邪極神将アカシック・ディエティの一角として入軍した男である。
 アブホースは、その男の目付役として、諸々の世話を任せられていた。
 デザートという名は、入軍した時に名付けられた字名だ。
 ヌギルのように元の名の方で呼ぶモノも居るが、皆その字名で呼んでいる。
「私も捜していたところです。貴方と一緒ではないかと思っていましたが」
「何だよ! アブホースまで知らねェのか?! 何処に居んだよアイツ!!」
「ヌギルも、彼に何か用が…?」
「暇だから、一緒にゲームでもしようと思ってよ!」
「…………」
 ヌギルは、今、デザートとコンビを組んでいる。
 デザートが初めて此処に来た時こそ、二体ふたりは壮絶な一対一タイマンを繰り広げたのだが、今や彼等は親友の様に打ち解け合っており、ヌギルもデザートの事をいつも気に掛けるようになった。(度が過ぎている時も在るのだが……)
 ヌギルの答えに、とても下らない理由だと呆れながらも、アブホースは会話を続けた。
「他に、デザートが居そうな場所は……」
「あとは……ウォータースの所か?」
 成程、と、アブホースも腑に落ちる。
 絶対聖霞城アザグリザム・ローグノスの内部には、小規模の研究施設が在る。
 その施設の管理を任せられているのが、ウォータック・ナズホルン・ウォータース。
 と言っても、研究員は彼一体ひとりしか居ないのだが、逆を言えば、彼の持つ技術だけで成り立つという事でもある。
 ウォータースは気弱でおとなしい性格だが、地球の娯楽文化にも精通していて、地球の出身だと言っていたデザートとも仲が良く、よく漫画やアニメの話で盛り上がっている時が在る。
「確かに、居るとしたら、其処ですかね」
「往ってみるか」
 二体ふたりは、その場所へと向かった。

――――――――――――――――

「デザートくん? 居ないよ?」
 当ては外れたようだ。
 ウォータースの答えに対し、アブホースは相変わらず無表情を保っているが、ヌギルは明白あからさまにガッカリしたような顔をしている。
「ふ、フタリしてどうしたの? デザートくんに何か用だった?」
「えぇ……まぁ、そのようなところでしょうか」
「ご、御免ね……」
「イヤ、オメエが謝る必要は無ェんだけどよ……」
 一体何処へ往ったのやらと、アブホース達は悩み果てていたが、その絡み縺れた思考は直ぐに晴れた。

「デザートは他の星へ遠征しているぞ」
 聞こえた声の方には、長身で体躯ガタイが良く、それでいて、アブホース以上に冗談が通じなさそうな顔をしている強面の男が立っていた。
 そう、彼こそ……。
「……ソトース」
 聖創邪極神将アカシック・ディエティ最強の男、“虚雷神”ヨグ=ソトースである。
「先刻、奴に遭ってな。奴自身は休日の身だから、自由行動は許可したが」
「マジかよ?! 何でオレに云わず~~!?」
 ヌギルは悔しそうに言う。
「そう云えば、デザートくんは最近、惑星サクトっていう星によく往っているね」
「確かに、色々な星の自然を開拓しに往っていると云っていましたね……」
 デザートは、自身の休日には様々な星を開拓しに往っていた。
 特に、惑星サクトという星は、無人で荒れ放題であった土地をデザートが耕し、今では、美しい草花や森緑が蔓延る、誰の目にも美しく見える星へと変わっていた。
 地球に居る頃から自然環境を一際大切に思っていたようで、彼は自室でもよく植物を育てている。
「アイツは意外と勤勉で真面目だよなァ~……」
「それなら仕方が在りませんが……」
「ヌギルくんはどうせゲームの話だとして、アブくんはデザートくんに何の用だったの?」
「どうせって何だコラァ!!!!」
 ヌギルのツッコミは流しつつ、アブホースは答えた。
「実は、アザトース様あの御方から直々に命を頂いていまして……出来るなら、デザートと共に赴けと」
「……その命とは何だ」
 ソトースが聞き返すと、アブホースは間を少し溜めて言い放った。

「…………【“シェデンの果実”を回収せよ】……と」

「「!!!!」」
「あ? “シェデンの果実”??」
 ヌギルは“ソレ”を知らないようだが、詳細を把握しているソトースとウォータースは、アブホースが言い放った“ソレ”の事に対して驚きを隠せなかった。
 少し落ち着きを取り戻したウォータースは、ヌギルに説明を始めた。
 “シェデンの果実”は、初代“聖創神”ルーピナスが遺した禁断の神器だという事。
 それを口にした者は、あらゆる願いを叶えられるという事を。

「成程な……しかし、話を聞く限り、その果実っェのを手にするには条件・・が在るんだろう? 何でアザトースは、アブホースと勇雅に回収を命じたんだ? 場所も解んねェんだしよ」
 ヌギルの割には的を射た発言だ――――。
 口には出さないが、アブホースはヌギルの言葉に同調し、自身も疑問を頭に浮かべた。
 アザトース様あの御方は何故、私とデザートに命を下したのか――――。
「それは確かにね……。アブくん達じゃあないとイケない何かが在るのかな……。」
「単に暇そうだったから頼んだんじゃあねェか?」
「……僕はツッコまないよ。ヌギルくん」
 ウォータースとヌギルが会話している横で、ソトースだけは何か考え事をしている。
「どうしました。ソトース」
「……何でもない」
 ソトースは何か言葉を詰まらせている様子だ。
 アブホースも気になり追求しようとしたが、それを遮るように怪し気な声が向こう側から聞こえてきた。

「皆さんお集まりで……。面白そうな話をしてんじゃあねェか……なァ?オイ」
「……! ば、バロールくん……」
 突如現れた声の主に、ウォータースは怯える。
 “睛幻神”バロール。
 ソトースに次いで、聖創邪極神将アカシック・ディエティの中では実質のNo.2に位置する男だ。
 彼が持つ能力から取って、通り名は、“魔眼のバロール”。(“邪眼のバロール”とも云われていたか……どちらも大して変わりはないと思うが……)
 戦場では宛ら、死神の様に大鎌を振るい、その特殊な眼を用いて相手に幻覚を視せて苦しませる戦術を好む。
 実力こそ本物だが、常に不敵な笑みを浮かべて、何を考えているのか解らない事から、全く信用の置けない不気味な奴として、ウォータースに限らず皆に恐れられている。
 正直、アブホースも彼の事をあまり好んでいない。
 バロールに警戒心を持たぬ者と言えば、彼の従者であるクロウ・クルワッハか、誰に対しても分け隔てないデザートくらいなものか。 
「バロール……テメエ、何の用だ!?」
「冷たいねェ……唐突に割って入ったのは謝るが、途中からでも仲間に入れてくれても良いじゃあないか? なァ?“兄弟”」
「煩ェ!! その呼び方ヤメロ!! オレはテメエの兄弟じゃあねェ!!!!」
 喧嘩っ早いヌギルと絡ませると直ぐにこうなる。
 雰囲気だけ・・・・・は、この二体ふたりは似ているところが在るのだが……。
 アブホースは思いつつ、バロールとヌギルの言い争い(?)を見て少し頭が痛くなる。

「あれ…? アブくん、少し顔色が悪いけど大丈夫?」
「え……?」
 ウォータースは心配してアブホースに尋ねた。
 頭が痛いと思ったのは、バロールとヌギルの所為ではなく、どうやら物理的な面で本当に体調を崩していたようだ。
「オイオイ。大丈夫かよ? ちゃんと寝てんのかオマエ?」
「アブくん、最近ずっと働き尽くめだからね…… 一度、ゆっくり休んだ方が良いよ?」
 ヌギルとウォータースは、アブホースの身を案じて言った。
 確かに、暫く数週間、休暇という休暇をとった記憶が無い。
「いえ…そういう訳には……。アザトース様あの御方からの命令も在りますし……」
「命令と云っても、今直ぐに往けとは云われていないだろう。それに、デザートも暫くは戻って来ない。その間、お前も少し休暇を取れ。アザトース様あの御方には俺から進言しておく」
「ソトースまで……」
 堅物のソトース迄もが、アブホースを案じて言っている。
 アブホースは、彼等の心遣いを無下には出来なかった。
「……皆さん、有難う御座います。ならば、折角なので……少しお休みを頂こうと思います」
「オウ!休め休め! だったら、今から一緒にゲームだ!!」
「ヌギルくん……アブくんの事、本当に心配してるの?」
 休暇を貰うと言っても、結局何をしたら良いのか、アブホースも思い悩んでいた。
 デザートが戻るのを待つのも、せいぜい一日二日程度。
 それくらいの期間では遠い星に旅行も出来ない。
 いつも通り、自室で待機する事になるか。
 まぁ、元より旅行などした事も無いし、興味も無いが――――。

「それなら、温泉でも往ってきなよ! 結構疲れがとれるって聞くよ!」
 ――――温泉……!!
 アブホースは、ウォータースからの金言に感謝した。
 実を言うと、アブホースの趣味は“入浴”。
 絶対聖霞城アザグリザム・ローグノスでは、それぞれの自室に大体は浴槽が備えられているが、ある一角には大浴場が設備されている。
 その場所は結局殆ど誰も使用していないが、アブホースだけは、周りが寝静まった頃に隙を見て活用している。
 自室の浴槽も好きに使えて落ち着けるが、大浴場を独り占めし広く使うというのもオツで良い。
 それがアブホースの日課であり、安らぎであった。
 しかし、温泉というとやはり遠出となってしまう。
 いや、もしかしたら、彼処なら――――。
「ソレなら……“惑星ヌガッキワー”に往って来たらどうだァ?」
 バロールが言った惑星の名、それはまさに今、アブホースが思い浮かべていた場所だった。
「惑星ヌガッキワー! 最近開拓された温泉の名地だね!」
 ウォータースが説明した通り、惑星ヌガッキワーは、ここ数年で目まぐるしい開拓成長を遂げている星で、特にその中でも、大規模な温泉街を名地として取り上げ、星総出で力を入れている。
 アブホースが現状求めている癒しは、この惑星ヌガッキワーに集結されているという事は明白だった。
 幸い、此処から距離も遠くない。
「ソイツァ、丁度良いじゃあねェか! 近いんだし往って来いよ!」
「えぇ…それでは、お言葉に甘えて……」
 そう言うと、アブホースは一礼して、支度を整えに自室へと戻ろうとした。
「……待て。アブホース」
 ソトースの声がアブホースを引き止める。
「ハイ」
「…………いや、矢張り何でもない。ではな」
「……? ハイ、失礼します」
 アブホースはもう一度一礼をして踵を返し、広い廊下を再び歩き出した。
 表情はやはり変わらぬままだが、興奮を抑え切れないのか早歩きをしている。
 それはアブホース自身も知らずして……。
「さて……結局、勇雅も出掛けているって解ったし……仕方無ェから、ルリム達を誘ってウォータースの部屋でゲームするか」
「えぇ!?僕の部屋でするの!? 良いんだけどさ……」
「又、後で来るからな~」
 ヌギルも、他の者を誘いに戻ろうとその場を離れた。

 そして、此処には 堅物、小心者、性悪 の不思議な面子のみが残った。
 その現状に、ウォータースは居心地がとても悪かった。
 この三体さんにんは旧知の仲ではあるが、ウォータースはともかく、ソトースとバロールはかなり悪い間柄だ。
 第弐次神界大戦セカンド・アーマゲルドラ時の彼等はそれぞれ“セイバース”の“カイザース”の准将同士で、大戦以前も出遭う度、常に敵対し合っていた者達。
 仲が良い筈なんてある訳がないし、現在同じ組織に居るというのが奇跡に近い。
 アザトース様は何故、この二体ふたりを一緒に勧誘したんだろうか――――ウォータースはそれが不思議でならなかった。
 ウォータースは、今すぐに近くに在る自室の扉を開けて部屋に籠りたい気分だったが、それを差し引いても、気になっていた事が在った。
「そ、ソトースくん。そう云えば先刻さっき、アブくんに何か云いかけていたよね…?」
 ソトースがアブホースに向けて言おうとした事。
 結局、当者に伝わる事はなかったが、それが一体何だったのか。
「……貴様等なら、話が解るか」
「何の事だァ? アブホースが聞いたらマズイ話なのか?」
「そういう事でも無いが……。アザトース様あの御方が、デザートはともかく、アブホースに命を下した理由について少し思い当たる事が在ってな。そして、その予測がもし正しければ……アブホースは気を張っておかなければならない可能性が在る」
「……!! そ、ソトースくん、それって……!?」
 実の事、ソトースは“シェデンの果実”の内情を把握していた。
 そして、勿論、ソレを狙う者が居る事も……。
「ヴルトゥーム……貴様等も憶えているだろう」
「あぁ……居たな。そんなヤツも」
「確か、第弐次神界大戦セカンド・アーマゲルドラの時に、リュウト・・・・くんが取り逃がしたって云っていた……。……もしかして……」
「ああ。ヴルトゥームとその一派が再び動き始めたらしい」
「ほォう……?」

 ソトースが危惧している存在、“妬咲神”ヴルトゥーム。
 曾て、“シェデンの果実”を狙い暗躍していた優男だが、第弐次神界大戦セカンド・アーマゲルドラでリュウトと呼ばれる戟使いと闘い敗北。
 その場から逃げ帰っていった以降、行方を眩ませていたが、どうやら活動を再開したとの報告が挙がっていたのだ。
「そうか……! 彼等が動いているとなると、アブくん達と交戦する可能性も在る……!」
「だが、果たしてソレだけかァ? 御前が危惧してんのはソコじゃあないだろう…? ソトース」
 バロールは核心を突く。
「そうだ。アブホース達が、奴等に後れを取る筈も在るまい。俺が気に止めている事は、アブホースに果実の回収の命が下った理由・・・・・・・・・・・・・・・・・・・についてだ」
「「!!」」
 ソトースは、果実の謎の核心、その全容を話した。

「“シェデンの果実”を手にする条件・・は――――」
 
 ―――――――――――――――――――――

 一方、自室へと戻ったアブホースは身支度を整え、惑星ヌガッキワーへのルートを確認しつつ、逸る気持ちを抑え切れないのか、やはり早歩き気味に外へと出た。
「さて…では向かいましょうか」
 飛び立つアブホース。
 その美しい薄橙色の髪が、漆黒の宇宙の彼方へと溶けていった。
 
 だが、この時、アブホースは思いもしなかった。
 自身が、後に起こる戦いの渦中に身を置く事になるとは――――。 

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プロフィール

原作者の惨藤歪彌と申します。
オリジナル作品『カイザース』関連の小説・SS等を展開中です。
Twitter ID【desert_sathla49】にて、オリジナルキャラクター“鎖爆 勇雅(闇黒邪刃帝 デザート)”が活動中!
質問等は、上記アカウントや本サイトコメントフォームより受け付けております!
何卒宜しく御願い致します!