――――とある宇宙のとある衛星。
 其処に佇む者がヒトリ、慟哭していた。
 曾ては、宇宙最強の絶対神率いる邪神集団“邪耀神軍ディエティ”の最強格であり、全身に隈無く刀剣を携えた男、ヌギル・コーラスである。
 彼は今、高級な天然石から出来た自身の複数の刀剣を狙う宇宙海賊達に囲まれて、難なく返り討ちをしてやったところなのだが、地面に転がる幾百の死体を見遣り何とも言えぬ虚しさを覚えたのか、自分の果たすべき目的を邪魔するように次々と襲われている鬱陶しさに怒りを覚えたのか、はたまた、盟友を喪った哀しさを紛らわす為にか慟哭を続けていた。
 彼の目的とは――自身の相棒である鎖爆勇雅と再会する事・・・・・・・・・・・・・・・・・・であった。

 鎖爆勇雅を喪った時から、実際二十数年は経っている。
 “邪耀神軍ディエティ”に所属していた頃、ある事件の末、相棒である鎖爆勇雅は仕えるべき主、絶対神アザトースに謀叛を起こし、結果、仲間達に追放され、次元の孔に飲み込まれ姿を消した。
 生きているのか死んでいるのかは結局不明瞭だが、絶対に勇雅は生きているとヌギルは信じ、その何処に在るかも解らない行方を只管に捜し続けている。
 邪神達にすれば二十数年という月日は一瞬の時の流れも同然だが、一度も眠らずに捜し続け、手掛かり一つも掴めないままに、この虚しい現状。
 ヌギルの精神は既に崩壊寸前だった。
 
 ――――ダメだ。このままでは……。
 ヌギルもいよいよ危機感を覚えたのか、静かな場所で休眠しようという考えに至った。
 
 場所を移し、とある惑星へと降り立ったヌギル。
 降り立った空間には、四方八方、千里万里に花園が広がっていた。
 此処ならゆっくり休めそうだと、ヌギルは糸が切れたようにその場に倒れ込み、顔を花に埋もらせながら、そのまま泥のように眠った。
 ――――そう言えば、勇雅も……こういう花を愛でていたよな……――――。

 ――――ヌギル。
 勇雅……其処に居るのか…?
 ――――皆を。
 聞こえねェよ。もう一度……。
 ――――皆を頼んだぞ。
 何だって? オイ、勇雅! オレを置いていくな! 勇雅――――

「――――!!」
 ヌギルは悪夢を視て魘されていたようで、ガバリと飛び起き、自身の汗塗れの顔を手で拭った。
 ゆっくりと眠っていた筈なのに、この仕打ちはヌギルとしても堪ったものではない。
 どれ位眠っていたのだろうか。
 落ち着きを取り戻したヌギルは、今の状況を整理しようとするが、不思議な事が起きていた。
 先ず、自身の体に黒い布…ブランケットのようなものが覆われている。
 それと景色。
 辺り一面花園……という事は変わらないが、平坦な地面で突っ伏して寝ていた筈が、今は斜面の様な寝心地の良さそうな場所に移動しているようだった。
 すると、横から声が聞こえてきた。
「ビヲちゃん! お兄さん、起きたみたいだよ!」
 声の方向に振り向くも、姿が見えない。
 怪訝に思ったヌギルだが、その声の主が自分の居場所を答えてくれた。
「ココよ! 下、下!」
 その場所には、ネズミ…いや、ハムスターという品種か。
 それが二匹、此方に対して声を掛けていたようだった。
 一匹は声の主で、その元気な声の通り、見た目も豪胆そうで割と肥えた体型をしている。
 もう一匹は、臆病そうで細身の体型をしており、ヌギルに怯えているのか、肥えた方の後ろにオズオズと隠れて様子を伺っている。
 色々と謎に思う部分は在るが、今の落ち着きを取り戻したヌギルは、冷静に事を見られている為、取り敢えずはこの二匹と会話をしてみる事にした。
「あら、アタシ達が声を発している事に驚かないのね?」
「まぁ…この宇宙、喋る動物なんて別に珍しくもねェからな……」
「ふふっ…そう!」
「こ、こむぎちゃ~ん……」
「おこめちゃん! いつまで恐がってるの! このお兄さんは見た目は恐そうだけど、きっと優しいヒトよ! きっと……」
「失礼な事云ってねェかオメエ!?」
 この“おこめ”と“こむぎ”というハムスターがどういう性格をしているのかは今の会話で一通り解り、自分に対する警戒も在る程度は解けているようで、不思議と打ち解けられているヌギル。
 しかし、こんな小さな生物がオレを運び込む事が出来るのか、とヌギルは疑問に思う。
「不思議に思うでしょうけど、アナタをココに運んだのはアタシ達よ。けど、最初にアナタを見つけて介抱したのはあの娘!」
 こむぎがそう言うと同時に、少し離れた場所から、青い装飾で身を包んだ美女がピョンピョンと跳ねながら此方に向かってきた。
「良かった! 無事に起きたんですね!」
「オマエは……?」
 蛸の足の様にうねった青く美しいウェーブヘアー、蒼い瞳に青いバラのネックレス。
 更に特質なのは、腰から下の部位が魚の様なヒレで出来ている。
 まさしく、“人魚”と呼ばれる種族の様だ。
 その美貌からして“人魚姫”と呼んだ方が相応しいだろう。
「オマエは人魚なのか?」
「はい! あ、申し遅れました。私はビヲレルと申します!」
「ビヲレル……オマエが、オレを…?」
「そうです! おこめとこむぎに運んでもらったんですが、アナタが随分魘されていたようで心配だったんですよ~」
「あ、さっき聞いてたでしょうけど、アタシがこむぎね!」
「お、おこめですぅ~……」
 おこめとこむぎはどうやら、ビヲレルのペットというよりかは家族みたいな存在の様だ。
 ビヲレルが懐から出した餌をバクバク食べ始めたこむぎと、チビチビと食べ始めたおこめ。
 見た目の通り、性格が真反対に違うらしいが、二匹とビヲレルは仲がとても良さそうだ。
 今の今迄荒み切っていたヌギルの心は、その微笑ましい光景を見て、自覚せずとも自然と癒され始めていた。
 それはそれとして、仕様も無い事だろうが、ヌギルは彼女らに対して言いたい事が在った。
「……つーか、何だその名前。炭水化物が好きなのか?」
「可愛い名前でしょう?」
 おこめとこむぎの名前に対して、一応ツッコミを入れてみるも、ビヲレルの天然らしい返しを聞いて、それ以上深く訊いても無意味だとヌギルは悟った。
「……オレ、魘されていたのか……悪い、迷惑を掛けたな」
「とんでもない! 具合が悪そうなヒトを放っておく事なんて出来る訳ないですよ!」
「あぁ…有難うよ、オマエ等」
 ヌギルの心からの感謝の言葉を聞いて、ビヲレルも、餌を一生懸命に食べ進めていたおこめとこむぎもご満悦の様で、総員ニッコリした表情をしている。
「どういたしまして! それと、アナタのお名前を教えてもらっても良いですか…?」
「オレは……オレは、ヌギル・コーラスだ」
 彼女達には悪いが、すぐに別れる事になる自分の名など名乗っても意味が無い事だろうと思っていたヌギルだったが、此方から願ってなどいないにしろ、見ず知らずの魘されていた自分を介抱してくれたこの善者達に対して、最低限の礼儀はしておこうと考え直し、名を名乗る事にした。
 ――――“礼儀”……か。
 ――――そういうのも、アイツからよく教わったよな……――――。
「ヌギルさん! ありがとうございます……私達を信頼して名乗ってくれて。 やっぱり、アナタは善いヒトですね」
 名前を教えるなんて当たり前の事に対して、信頼をしたからとかそういう考えに至っている時点で、彼女らの方が余程“善”だろうとヌギルは困惑しながらも感心する。
「ビヲちゃんは美人だから、悪い虫オトコに言い寄られる事が多いのよ~。下心丸出しでね」
「ビヲちゃん……お姫様みたいだもん……」
「そ、そんな事ないよ~!」
 茶番を見せられてんのか?、と、ヌギルは勝手にノロケ始めた彼女らを見て呆れているも、当然、そんな事は口には出さない。
「で、でも…ヌギルさんは大丈夫そう……多分……」
「そう! ヌギルさんが悪いヒトだったら、そのブランケットは掛けられなかったよ!」
 ブランケット……そう言えば、自分が眠っている間、コレに包まれていたようだが……。
 そうヌギルは思い出す。
「そのブランケット、とってもあたたかいでしょう!」
「ブランケット…と言うより、コレはじゃあねェのか?」
 ヌギルの言う通り、コレは正真正銘、である。
 広げて見てみると、黒地の布に何やら文字と絵が描かれている。
 剣を携えた悪魔の様な、怪獣の様な絵の下には『Kaisers・・・・・・・』という文字が。
 ヌギルはこの絵と文字の意味を考えてみるも、一向に解らないし、別に知ったところでどうでも良い事だろうと深くは考えなかった。
「でも、おかしいのが、そんなモノをいつ手に入れていたのかが解らないんですよね……」
「なんだそりゃア……」
 どうやら、ビヲレル自身もこの旗が何なのか知らないらしい。
 ヌギルのリアクションも当然である。
「でもですね!? この旗に包まれると、何だか不思議な力に護られているような気分になるんです!」
「確かに、ソレを悪い奴等にバサって見せると、何故だか皆早々に逃げていくのよね……」
 こむぎが補足をしてくれたので、ヌギルもその原因というのを突き詰めようとする。
 すると、ある一つの事が解った。
「この旗……魔除けの魔法が掛けられているようだぜ」
「そうなんですか?」
「ヌギルさん、そんな事が解るなんてスゴいですぅ~……」
 おこめがヌギルを褒めるも、何故、この旗にそんな魔法が掛けられているのか謎は深まるばかりだ。
 だが、ヌギルには達成すべき目的・・・・・・・が在り、そんな事を追求している暇など無い。
 ビヲレル達には悪いが、一刻も早くこの場を去り、本来の目的を遂行したいところだ。
「さて……邪魔したな」
「ヌギルさん、もう行っちゃうんですか……?」
「もうちょっとゆっくりしていけば良いのに」
「あぁ……オレにもやらなけりゃあいけない事が在るんでな」
 残念そうな顔をしている一人と二匹。
 そんな顔をしたところで、オレは――――。

ドスッ

 ヌギルは立ち上がって去ろうとした筈が、何故かその場で再び倒れていた。
「ヌギルさん?!」
「まだどこか悪いんじゃあ……!?」
 ――――いや、そうじゃあないな。
 ――――これは……。

「……オイ」
「!」
「……何か、喰い物を持っていねェか……?」

 ヌギルは只、空腹で力が出なかっただけだった。
 二十数年、ロクに何も口に含んでいなかったから当然だ。
 久々に平穏な環境に身を置いた事で、気と胃袋が緩んだのだろう。
 ――――もう少し……世話になるか。

 そんなヌギルが可笑しくて、ビヲレル達は暫く笑い続けた。



 ――――しかし、このビヲレル達との出逢いが、自身を最悪の戦いへと導く出来事になるとは、ヌギルは未だ知る由も無い。
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プロフィール

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